IYAGI
INTERVIEW
先輩移住者インタビュー
掲載日:2026年11月2日
更新日:2026年11月2日

村田町
村田の人と里山に惹かれて協力隊に入隊。そのまま移住しちゃいました!/河合謙次さん
- 地域おこし協力隊
- 起業・開業
- 農林水産業
河合謙次さん
「ここを人が気軽に集まれる場所にしたいんです」と笑顔で話してくれたのは、この場所を拠点とし放置竹林を活用した自家製メンマの製造販売のほか様々なイベントの開催など、ユニークな活動を展開されている河合謙次さんです。

河合さんは東京都町田市のご出身。村田町に移住されて6年目を迎えます。
「自分が食べる分だけですが…」と控えめな河合さんは“自然農”による稲作にも取り組んでいます。
そんな河合さんの活動拠点「murata base」にお邪魔して、村田町を選んだ理由やこれからの展望をお聞きしてきました。

宮城県南部にある村田町は、江戸時代の繁栄を伝える重厚な「蔵のまち」として知られる歴史の町です。国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された美しい町並み、特産の「そら豆」、そして国際的サーキット「スポーツランドSUGO」など、多彩な魅力が詰まった町です。
きっかけは釣り。暮らしを変えたくて村田町へ
移住前は東京のデザイン会社に約15年間勤務され、雑誌の記事やアプリ、ウェブサイトなどの制作に携わっていたという河合さんに、新生活の場所として村田町を選んだ理由をお聞きすると「今とはまったく畑違いの仕事をしていたんですよね(笑)」と、照れくさそうに話し始めてくれました。

「ここ(村田町)を知ったきっかけは、趣味の釣りなんです。渓流でのテンカラという釣り方で、村田町のほかにも川崎町や作並などにも釣りに行きましたね」と瞳をキラキラさせる河合さんは、もともと村田町をはじめとした東北地方の自然や長閑さが好きで頻繁に足を運んでいたとのこと。

その様な折に、村田町で知り合った人たちとのご縁で、田植えや稲刈りなどを手伝うようになったのだそうで「そこから村田に惚れ込みました。思い立ったが吉日ではないですけど、まずは村田町地域おこし協力隊に入りました!それでそのまま移住しちゃいました(笑)」と、声を弾ませながら移住の経緯を振り返ってくれました。

また、村田町への移住を考え始めた時期がちょうどコロナ禍であったこともあり「その頃の東京はかなり殺伐とした雰囲気に感じまして、ライフスタイルを変えたいなと思ったことも大きいですね」と付け加える河合さん。東京での暮らしや仕事のあり方を見つめ直す中で、馴染みのある村田町での田舎暮らしに心がシフトしていったのだそうです。
2021年の7月に村田町地域おこし協力隊として移住を果たした河合さんは、協力隊を卒業後も町に残り、町が抱える放置竹林の問題の解決に向けた事業など、幅広い活動を続けておられます。
放置竹林を地域の資源に。タケノコから見出した町の特産品
河合さんが力を入れる活動の一つが、放置竹林を活用した町の特産品の開発です。
「町の観光物産協会の集まりで、新しい町の特産品の話題になった時に『メンマなんかもいいよね』と盛り上がったのがきっかけで、メンマやタケノコの発酵食品に興味が湧いたんです。それで作り始めました」と河合さん。

商品化に成功したのは、インドやネパールなどで親しまれている漬物「アチャール」を取り入れたタケノコアチャールやメンマアチャール、北アフリカ発祥の調味料をベースにしたメンマハリッサ、醤油ベースのみちのく出汁メンマなど、一般的なメンマのイメージにとらわれない、個性豊かなラインアップ。いずれも町で課題となっている放置竹林からタケノコを採取し、独自に発酵・加工して完成させた村田町ならではの逸品です。

北アフリカ発祥のハリッサと調合した「メンマハリッサ」
「実は、町内の放置竹林の課題についてはメンマ作りをするまでは知らなかったんです。地元の竹を使わせてもらっている中で、里山に人が入らなくなって、管理されていない竹林があることを初めて知ったんですよ」と河合さん。
メンマ作りに一歩踏み出したことで、竹林や村田町の里山などについて知ることになり「結果的に放置竹林の課題解決に関わることが出来て良かったです」と、充実感を滲ませていました。

現在は、村田町内の社会自立支援施設との連携のもと、そこに加工場を設け施設の利用者と一緒に商品づくりを進められています。詳細な製造方法を施設の人たちに伝えることで、河合さんが現場で製造を担わなくても商品を製造出来る様になったとのこと。
これらの商品は「道の駅村田」や、仙台市の百貨店「藤崎」、川崎町の「イーレ!はせくら王国」などで販売されています。

また、宮城県庁や勾当台公園などで催される、市町村の特産品販売イベントなどにも出店。
「道の駅村田」では売り切れになることも多く、売れ行きも順調だそうで「最初は『え、メンマ?』ってなるじゃないですか(笑)でも一度食べてください!という感じですね。」と、頬を緩ませていました。
地域にある資源を生かしながら、新しい食の楽しみを生み出す河合さんの取り組みは、放置竹林の課題解決にとどまらず、地域の人たちとの協力の和も同時に育んでいます。
音楽や人との出会いを生む場所。「murata base」の誕生
河合さんが手がける活動は、放置竹林からの特産品づくりに留まりません。
もうひとつ河合さんが力を入れているのが、自身が運営する「murata base」の整備です。
「ここは近隣の大家さんから借りているんです。今日は雨ですけど、晴れた日はもう最高ですよ!東京に比べると冬はちょっと寒いですけどね(笑)」といって案内してくれた今回のインタビュー先は、お住まいを兼ねた河合さんの活動拠点murata base。

「もともとは大家さんがカフェをやられていた様です」というこの建物と敷地を活用し、これまでもキャンプやイベントへの場所の提供のほか、自らも音楽ライブやワークショップなど、様々なイベントを企画し開催してこられました。

移住当初は知り合いもほとんど居なかったそうですが、ご自身でイベントを開くことで少しずつ人とのつながりが広がっていったといいます。
河合さんは「私自身、音楽やDJが大好きでして(笑)はじめは知り合った音楽好きの人が来てくれて楽器を弾いたりレコードを聴いたりしていました。そのうちにここで何かやりたいよね、みたいな感じになりましたね、でもその頃はメンマ作りでいっぱいいっぱいでしたから(笑)」と、メンマ食品の開発を優先していた、当時の事情も話してくれました。

その後は、釣り好きの仲間と自分たちで採った野菜や魚などの食材を調理して提供するイベントからスタート。そこから徐々に音楽フェスやワークショップなどへと活動の幅が広がっていったとのこと。

写真は河合さん提供。
お邪魔したこの日も建物の手直しや塗装などの作業に汗を流していた河合さん。
12月からプレオープンを予定しているとのこと。ほぼ一人で準備を進めているそうで、イベントスペースに加えて飲食の提供やマルシェの開催にも取り組み、定期的に人が集まる場所にしていく予定だそうです。

「結構キツイですね(笑)でも楽しいので大丈夫です!何とか12月までにここを整備して、里山で遊べる楽しい場所にしたいんです。」と意気込みを見せてくれた河合さん。その楽しそうな笑顔からは、社交的な性格ものぞかせていました。
murata baseは、新たな出会いを生みだし、誰でも好きなことを持ち寄って楽しめる場所。
河合さん自身の活動拠点であると同時に、人と人とをつなぐ場所を目指しているそうです。
村田町で見つけた生活の苦楽。自然との共存
移住前と、現在の村田町での暮らしの違いをお聞きすると「そうですね、全部が違うと言ってしまえばそれまでなのですが、東京で暮らしていた頃は、満員電車に揺られ、終電近くに帰宅する日々でしたが、ここでは基本的に車ですからね」また「朝は早くなりましたね、メンマの時期はまだ暗いうちから動きますから。フィジカル的には大変な面もありますが、自分のペースで暮らせるってやっぱりいいですよ」という河合さんからは、忙しくも充実した暮らしぶりが伺えます。

稲作などの農作業や知り合いの方の作業の手伝いなどで、屋外での仕事が多いそうで「あと、この辺はクマやイノシシとかが出るんです。もう慣れましたが(笑)。あそこの柿の木に来て眼が合ったりするんです。でもこっちまで来ないですね。ちゃんと自分たちとの境界線を理解しているみたいです」とほのぼのと語る河合さん。田舎暮らしを楽しむたくましさが伝わるエピソードも教えてくれました。

「正直、大変だなと実感しています。楽しいですけどね(笑)。メンマだけでは食べていけませんから、他の仕事を手伝ったりして。村田に来て生活の大変さを学んでいます」と前向きです。

ご自身にとって村田町での暮らしは、移住前から望んでいた新たなライフスタイル。
自然に囲まれた暮らしには東京で暮らしていた時にはイメージ出来なかった苦労も多々あるとか。それでも楽しい事のほうが多いと語る河合さんでした。
村田がくれたもの。人との出会い・つながり・一期一会
河合さんが自然農の師匠として仰ぐのは、村田町で農業をされている佐藤さんご夫妻です。
「今年で3年目になりますが、自然農での稲作を始めまして。それを教えてくれたご夫妻で、私にとってとても大切な人で感謝しています。稲作以外にもいろいろと教えていただいています」という河合さんは、今でも佐藤さんご夫妻と一緒に、田んぼや畑での作業をやられているそうです。

河合さんによると、自然農とは農薬や肥料を使わず、耕さないという自然体のままで作物を栽培する手法とのこと。使われていない田んぼを借り、仲間と一緒に佐藤さんに学びを得ながら自然農による米づくりにも挑戦してきたそうです。
また、佐藤さんにお願いして誰でも自然農による稲作を体験できる“敞能楽塾”(しょうのうらくじゅく)を始動。
他県にいる知り合いや、村田町で繋がった仲間も集い盛り上がりを見せているそうです。
河合さんは「生物が共存する田んぼにするために、ヤゴやエビなどを捕まえてきて放したり、微生物を使った土を作ったり。みんなでやるんです」と、眼を輝かせます。

他にも、木々を伐採し整流炭を作るなど、村田町の自然を活かした田んぼづくりを体験できるのが魅力だそうで「参加者の中には村田に移住したいと言ってくれる方もいて、少しずつではありますが繋がりが広がってきているんです!」と、手ごたえを感じている様です。

写真は南インド料理のワークショップの様子。河合さん提供。
地元の消防団や交通指導隊にも精力的に参加し、自ら地域の人たちとの交流を深めてきた河合さん。
東京ではあまりなかった近所付き合いも、こちらでは自然な関わりになっており、今や無くてはならないものになったといいます。
趣味の釣りや地域活動を通じて生まれた出会いと繋がり。
その一つひとつが、河合さんの村田町での暮らしの礎であり「これからも大切にしていきます!」と力を込めます。
目指すはイベントのまち。人が集まる魅力を
村田町をどんな町にしていきたいですか?とお聞きすると「町のいろんなところで、いつでも何かイベントをやってたら面白いし楽しいと思うんですよ!」と、間髪入れずに返してくれた河合さん。
河合さんの胸中では、すでに青写真が出来上がっている様で「ここ(murata base)を拠点にして、町中のあちこちで人が集まる機会を増やしていきたいですね」また「村田町って、良い意味で何もない感じじゃないですか。でも、里山の風景がたくさん残っていて、それってとても凄い事だと思いますし、魅力的じゃないですか」と続けます。

さらに「大きな観光施設やイベントじゃなくていいんです。マルシェやワークショップ、音楽イベントなど、小さな催しを町のいろいろな場所でやっている。そんな風景を思い描いているんですよ」と、テラスからの風景を見下ろしながら楽しそうに語ってくれた河合さんでした。

河合さんは他にも、味噌づくりのワークショップやスタンプラリーなど、地域の人も町外から訪れる人も一緒に楽しめる企画を具体的に明かしてくれました。
また、地元の食材を使った料理の提供などにも意欲的です。
釣りをきっかけに訪れた村田町で、地域の人と出会い、ご自身の好きなことを通じて多くのつながりを手にした河合さん。今度は自らがここ村田町に人の集まる場所をつくろうと奮闘中です。

終始、穏やかな語り口と優しい笑顔でお話ししてくれた河合さんに、インタビューした私たちも心癒されるひと時となりました。
murata baseから始まる小さな楽しみが、やがて町のあちこちへ灯火として伝播する。そんな様子が眼に浮かんできました。
河合さんの挑戦は、村田町に新しい楽しみ方を生み出そうとしています。
河合さんのホームページ(murata baseオフィシャルサイト)はこちらです。
https://murata-base.stores.jp/
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