IYAGI
INTERVIEW
先輩移住者インタビュー
掲載日:2022年4月13日
更新日:2023年3月9日
大崎市
広い視野をもって地域の人たちの力になりたい/菊地航平さん
- UIJターン
菊地航平さん
宮城県北西部に位置しする大崎市。5つの温泉地が集結し日本にある11種の泉質のうち、9種類が存在する鳴子温泉郷や、県を代表する紅葉名所「鳴子峡」があることで知られています。そんな大崎市で生まれ育った菊地 航平さん。
菊地さんは、新卒で東京の会社に就職しましたが、運命の出会いがあり1年3か月で会社を辞め、鎌倉で念願だったゲストハウスの運営を行っていました。
その後、新型コロナウイルスの影響もありUターンを決意し、現在は地元でフリーランスとしてWeb制作のお仕事に精力的に取り組んでいます。
Uターンを決めた経緯や大崎市でのフリーランス生活についてお伺いしました。
運命の出会いで念願だったゲストハウス運営へ
菊地さんは、中学校を卒業するまで地元の大崎市で過ごしていました。
その後、宮城県内の高専へ通い、東京の会社へ就職。
会社員だった当時、2020オリンピックを控えた東京は、観光客の受け皿となるゲストハウスが毎週のように建てられ、「海外からもたくさんお客さんが来るぞと、東京全体が盛り上がっていましたね。」と振り返ります。
その時は、オリンピックに関わる仕事をしていた訳ではありませんでしたが、「ゲストハウスは楽しそうだな」と思って見ていたそうです。
菊地さんがそう思うのには、「高専時代に1年間フィンランドに留学して経験した楽しさが忘れられず、いつか海外の人と関わる仕事がしたい」という思いが関係していました。
そんな中、鎌倉にあるゲストハウスに泊まりに行った際、宿泊先のオーナーさんが代わりに運営してくれる人を探していました。
そこは古民家をリノベーションしたゲストハウスで、風情ある雰囲気から海外のお客さんも多かったそうです。
それがまさに菊地さんにとって運命の出会いでした。
すぐに「やりたいです!」と伝え、会社を辞めて東京から鎌倉へ引っ越したそうです。
忙しくも充実していた鎌倉での2年間
念願だったゲストハウス運営。スタッフは菊地さん一人。
2部屋しかない小さなゲストハウスでしたが、チェックイン・アウトの対応や予約の管理、掃除まですべて一人で行っていました。
「平日も予約は常に埋まっていて休みは月に2日。朝から深夜まで忙しい日々を過ごしていました。それでも8割方が海外からのお客様で、海外の方と関われていたのでとても刺激的で楽しかったです。」と語ってくれました。
しかし、新型コロナウイルスの感染が拡大していた2020年4月、1回目の緊急事態宣言が首都圏に発令され、3か月先まで埋まっていた予約がすべてキャンセルになってしまったそうです。
いよいよこれからオリンピックで盛り上がっていくという矢先の出来事でした。
これまでずっと忙しかったこともあり、はじめのうちは「休みができた!」と嬉しかったのですが、だんだんとやることがなくなって気持ちが落ち込んでいってしまったそうです。
人に会うこともできず悶々とした日々を送っていた時、ふと運営していたゲストハウスのホームページが古くなっていたことに気が付いたそうです。
「学生時代から片手間でホームページ制作をしていましたが、時間がたっぷりあったので一から勉強し直そうと思い立ちました。」
逆境をチャンスに
ゲストハウスのホームページリニューアルを行ったことでホームページの制作に手応えと可能性を感じた菊地さんは、「ホームページ制作は、やってみると楽しく、そして、これを本業にしたい。」という思いが芽生えたそうです。
そして早速、地元の知り合いを通じて大崎市にある「HOSOMINE BASE」というキャンプ場のホームページ製作を受注。
すると、それをきっかけに大崎市内の方々からホームページの制作依頼を次々にいただくようになったそうです。
実は、高専時代に地元でバイトをしていた時、いろんなところで「ホームページを作ってほしい」という声を聞いていたそうで、当時はまだ簡単なものしか作れませんでしたが、「今ならその人たちの声に応えられる!」そう思いました。
コロナの影響がいつまで続くか全く見通しがつかなかったこともあり、ゲストハウスの運営からは一度手を引こうと考え、「地元の人たちの役に立ちたい」という思いもあり、菊地さんは地元の大崎市へUターンすることを決心したそうです。
地元でのフリーランスという選択
移住するにあたって、創業支援を行っている「コワーキングスペースalata」や「おおさき移住支援センター」に相談をされたそうで、「思っていた以上にバックアップしてくださったり応援して下さる方がたくさんいて、とてもありがたかったです。」と振り返ります。
菊地さんは特にフリーランスという職業は人のつながりがとても大切だと語ってくれました。
「都会にいるとチャンスは多いかもしれませんが、競合も多くチャンスを掴める可能性は必ずしも高くありません。
僕は地元に戻ってきて、たくさんの人が応援してくれてチャンスを与えてくれました。
そして、地方ではまだまだWeb活用の余地は大きいと感じています。
だからこそ、地元で自分にできることはたくさんあると思うので、地元の人たちの役に立ちたいと思っています。」
帰ってきて、空の広さに感動した
Uターンして仕事に全力で取り組む菊地さんですが、大崎市での“暮らし”は今改めてどう感じるのか、聞いてみました。
「大崎市に帰ってきて、空がとってもきれいだなと思いました。
東京ではビル群が、鎌倉では山が空を遮っていたのですが、こちらは平野で空を360°見渡せることに感動しました。」
「大崎市ではお店や居酒屋なども十分にあるので、不便だと感じたことはありません。
新幹線の駅もあって交通の便もよく、服を買いたいと思ったときは仙台に行ったりします。
気軽に行ける距離なのがいいですよね。」
東京などに比べたら物価が安く固定費を下げられるので、フリーランスにとってはとても大きなメリットだとも話してくれました。
広い視野をもって地元に還元したい
地元に戻り、「地元のために」と奮闘している菊地さん。
さらに地元の役に立つために、もう一度外の世界に揉まれに行きたいと話します。
「コロナの影響もあって地元に戻ってきましたが、海外と関わりたいという思いは今もあります。
特に今は中国の成長が凄まじく、Webを使ったマーケティングは勉強になることが多いです。
中国ではネットで商品を売ることが当たり前で、農家が自分で作った動画を活用してりんごを売ったりしているんですよ。
だから、中国など海外に行って勉強してきて、それをいずれは地域に還元できたらと思っています。」と将来、そして海外への思いを話してくれました。
そして、「僕よりも若い中学生や高校生などはSNSの使い方がとても上手。」と続けます。
「彼らは何てことのない風景を切り取って魅力的に発信したり、影響力の大きい動画を作れてしまいます。
彼らの方が得意なこともたくさんあると思うので、
“教える”というスタンスではなく、一緒に面白いことに取り組んでいきたいです。」
魅力的な素材は地域にたくさん眠っていると思うので、それらを発掘、発信して、若い世代で盛り上げていきたいと今後についても語ってくれました。
「これだ!」と思った時の瞬発力と行動力で自分の道を切り拓いている菊地さん。
2022年1月には法人化し、さらに活動の幅を広げています。
ご自身も20代とお若いのに、さらに若い世代のことまで考えているとは、とても頼もしいですね!
今はなんと、養蜂にチャレンジしようと思っているとのこと。
次々と新たな挑戦をして地域に刺激を与えてくれる菊地さんに今後も目が離せません。
●菊地さんが代表を務めるSHIPS INT’L株式会社のHP
https://shipsintl.com/
(2021.11)
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